劉翔と、世界新記録と

助走前

めちゃくちゃに冷えたコンパートメントで目が覚めて、下におりると丁度、天津の駅を通過。
ほぼ定刻で7:15くらいに北京駅着。地下鉄で灯市口のホテルに向かう。
オリンピック期間中の北京では、当日の入場チケットがあれば地下鉄・バス乗り放題とは聞いていた。ドイツW杯も同じシステムで、これは非常に優れたやり方だと思うけれど、北京では運用に問題があり。

ドイツではそもそも改札が存在しないため、検札に来たときだけ試合チケットを見せればいいんだけども、北京では日本同様に改札がある。
であれば、改札を開放して試合チケットを見せれば通れるようにすればいいものを、結局窓口で試合チケットを見せて、そこで地下鉄チケットを受け取って、それを使って乗るという形にしているため、結局チケット窓口に並ばねばならん。しかも、全駅に荷物チェック用の赤外線ベルトコンベアを置いてあり、ここをくぐる必要があるので、混雑する駅の改札はかなりの混乱。荷物チェックはともかく、無料改札はどうにかしろよ、と思うことしきり。


灯市口のホテルは、直前に368元/泊で押さえたんだけども、部屋のファシリティは予想の範囲内。駅の真上で王府井まで徒歩10分という立地を考えると、相当にお買い得だったと思われ。
シャワー浴びて、荷物置いてから野球場のある五棵松へ。(地下鉄ですぐだと思ってたら、これが意外と遠い)
様子見がてら、カンペを作らずにダフ屋に接触していたら、結構お高いお値段。1枚1000元とか。時間もあるし、いったんメシでも食うか、と周辺で食事ができるところを探すも、全く見つからず。ホテルはあるものの、宿泊者だけのバイキング。しかもクソまずそう。(中国の食事でナゾの1つは、普段のメシはあんなに旨いのに、朝食だけは異常なほど貧弱なところ。広東の飲茶は例外だけど)
食事もできず、朝からピーカンでクソ暑いので、日陰で休んでから、プレイボール20分前くらいからカンペを出して接触再開。極端な話、しばらく待って値段が下がるのならば最初の3回くらいは見れなくてもいいし、と思っていたが。


1.裏開催(11:30開始)の台北vs韓国のチケットが大きい球場を使うせいか、こっちの流通量は多い。10:30からの日本vsカナダは少ない。
2.球場のすぐ隣にはバスケット会場があり、中国人的には当然こっちの方がメジャーなこともあり、こっちのダフ屋も多い。
3.チケットを探している日本人は10〜15名程度。
4.日本戦の売り手は強気で、ぜんぜん値段が下がらない。台北vs韓国の方は100元程度。
5.カナダ人が、売り手らしき中国人と共に公安の車に連行www
6.車に連れて行かれただけで、どこかに拘束はないと思うけど、連行されるのかよwwww
7.韓国人と台湾人も多いんだが、台湾人のおっさんが持ってきたプラカードが大ケッサクで「死、泡菜!」
8.直訳すると、「死ね!キムチ野郎!!」であるwww
9.これは日本人にはちょっと作れないネタwwww

ということで、元値が50元ということもあり、ぶっちゃけ捨てても惜しくないと思ってるのか、とにかく値段が下がらず。
プレイボールから1時間経過時点で、こりゃもうダメだ。1000元とか出して見る気にはならんし。ということで転進を決定。
ハラ減ってたこともあり、昼飯食うことに。
五棵松は市の方にあるので、暑いけど西単で鍋食った。
Tちゃんは、15年ぶりの西単。恐らく街の変化度は、王府井よりも西単の方が大きいと思うんだけど、あまりの変わりようにTちゃんは驚愕。
「なにこれ?デパートガンガン建ってるやん!こんなん道広くなかったし!!昔は道端に服吊るして売ってただけやん!!!」
みたいな感じ。


西単で砂鍋ウマー。(値上げしてたと思うけど)
その後、部屋に戻る。で、まったりしながらTVを見てたんだけど、半ば予想はしていたものの、CCTVは4チャンネルくらい使って、常にどこかの競技をマルチで中継。適当にチャンネルを渡り歩きながら、競技を見ていたのだけど、画面の下の方に常にテロップで最新の結果とか今後の予定など諸々の情報が流れており、これは全部中国語、つまり漢字でのテロップなんだけども。ふと気がついて。


?!
なんか、さっきから頻りに孫海平という名前が出てくるだけど。コイツ、何者?


みたいな話になり。映像そっちのけでしばらくテロップだけを追いかけると、オイオイオイ!!!
劉翔、ケガでリタイア」みたいなこと書いてないか?!
孫海平は、劉翔のコーチで、そいつのコメントがずっと流れてるんだ!!
今日の午前中は110Hの1次予選じゃん!


というと、俺より読める筈のTちゃんも「おお、確かに。そんな感じやな」


マヂで?マヂで?マヂでええええっ?!!!
こっ、これは、めちゃくちゃ衝撃的な事態。
真面目な話、俺が北京に来たいと思った理由は、勿論日本の金メダルを見るためなのだけど、もう1つはこの期間の北京の街が、人々が、どうなっちゃうのかをこの目で見てみたい。開会式はそのピークの1つだろうけど、恐らく劉翔が走る21日は、もう1つのピークであろう。その瞬間、北京がどうなるのか、何が起きるのか、是非ともその場に居合わせたい、というのがあって。
何千元も払って21夜の決勝のチケットを買うのは現実的ではないけれど、人が集まる場所で、その瞬間を体験したいと思い、21夜は観戦の予定を入れずにできればどこかの大型スクリーンか、最悪スポーツバーに入って110H決勝を見る積りだったのだけど。。。
つーか、俺よりも中国人の方が遥かに大きな衝撃を受けてると思うんだけど。まさにテロップには「中国愕然」(ちょっとワロタ)
いやはや。
とにかく北京五輪最大のスターになる筈だった劉翔は、全く予想外の形で姿を消してしまった。。。。
(それにしても21夜のチケットを高値で掴んだ奴、あるいは売り抜けなかった奴はご愁傷様)


そんなこんなしながらも、ちょっとネットでebayの状況を確認しようとしたら、周辺にネット屋がなく。そうこうしてる間に夜の陸上まで全然時間がないので、Tちゃんは先に鳥の巣に行って、俺は去年来た時に確実にあった崇文門まで行って、ネットしてから向かうことに。
アメリカ戦は結局落札できてなかった。急いで残りの状況だけチェックしてから、地下鉄で鳥の巣へ。北土城でのチェックで遠回りになってイライラする。既に19:00開始に間に合わない時間だったせいか、混んではいなかったけれど。
最寄の駅で降りると、鳥の巣が見える。パッと見、近そうに見えてこれがなかなか着かない。やっぱデカいんだ。
19:30くらいで薄暮といった感じ。隣にあるウォーターキューブはライトアップされていて、幻想的。ウォーターキューブのチケットは持ってないけど、日程的にはシンクロがあるので、何とかゲットしたいが。。。シンクロ、高くなりそうなんだよね。。。
鳥の巣から時折聞こえる大歓声の中身が気になりつつも、薄暮がいい感じだったので鳥の巣とウォーターキューブの写真を撮りながら、ゲートに向かう。
席に行く前に飲み物を買おうとしたら、コーラが1本5元。水が1本3元。10元くらいは取られて当然だと思ってたので、あまりの安さに驚いた。


着席したら、フィールドでは女子円盤投げと棒高跳びをやっていて、トラックでは女子100Hが終わって、男子200m 2次予選が始まる直前。
イシンバエワ、まだ飛んでないよな?」と聞いたら、「まだ飛んでないけど、最初の選手紹介は凄い歓声だった」とのこと。そうか。


200m 2次予選には、今や地上最速の男、ボルト登場。
俺らはたまたまメインスタンドのゴールライン上の席だったのだけど、ラスト10mは三味線弾いても楽々1位。
日本人は高平が走ったが、あえなく敗退。やはりこの距離では難しい。ハードルとはいえ110で金を取れる劉翔は、アジア人としては異能の人なのだ。
あとは、女子400H準決勝で日本人(名前忘れた)が出て、「これ、もしかして決勝に進んだら、物凄い快挙なんじゃねえの?」と言ってたが、あえなく敗退。


男子幅跳び開始。遠いバックスタンド側なので見づらい。90年代はルイス、パウエルというライバルがしのぎを削った花形種目なんだけども、いつの間にか地味な状態になってしまって。席から遠いこともあって、たまにしか見ない。
現場で陸上競技を見るのは始めての体験だったのだけど、複数の競技が同時進行するので、見る方はけっこう大変なのね。この日は最も多い状態では、男子幅跳び、女子棒高跳び、女子円盤投げ、これに加えてトラック競技の4種目が並行して行われていたわけで。
ただ、見るほうも大変だけど、競技する方はもっと大変な訳で。色んなところで歓声が起こるので、スタート、踏み切り、投げる瞬間の集中力はそれはもうハンパなもんじゃないに違いない。


そんな感じで座っていたのだけど、凄く感じたのが、これまでに見てきたものとはちょっと雰囲気が違うってこと。
なんといっても参加している国の数が違う。ワールドカップも含めて、球技だと基本的に当事者の2ヶ国+ホスト国の観客になってしまうけれど、この日のスタンドは世界各国よりどりみどり。アメリカ人、ロシア人、イギリス人、カナダ人、ハンガリー人、チェコ人、フランス人、ジャマイカ人、キューバ人、中国人、日本人。。。
ああ、こういうのもオリンピックなんだなあ、と。
そんでもって、メダル授与のセレモニーでは全員立ち上がってメダリストに拍手をするのだけど、ここでまた「世界平和は実現できる!!」とか思っちゃうわけだwww




真面目に見てたのは比較的近いところでやっていた女子円盤投げと、ゴールラインが目の前にあるトラック、あとは本日のメインイベントの女子棒高跳び
トラックは400Hの決勝が設定されていたので、為末が物凄く絶好調で、かつ運があれば決勝まで来る可能性はあると思っていたのだけど、日本を出発する前の予選であっさり敗退したので、やっぱり最大の目玉はイシンバエワだよなあ、と。



ということで、女子棒高跳び。粛々と進行していたんだが、イシンバエワはずっとパスで全然飛ばない。もっともこれは予想していたことだけども。
イシンバエワがパスを続けている中でも、当然選手は少しずつ脱落。


唯一の対抗馬に成り得る存在だと目されていたアメリカのスタチンスキは、4.55を一度だけ飛んでクリア。
5cm刻みでバーが上がっていく中で、4.70からやっとイシンバエワがエントリー。
助走前からどよめく会場。最初のジャンプ。


女王は、飛んだ。あっさりと。バーまで数十cmの余裕を残して。


ライバル(と言えるのか?)が、必死にジャンプしている中、あれだけ余力を見せ付けられるとどうしようもないんじゃないだろうか。
4.70を一度だけ飛んだイシンバエワは、4.75をパス。頭からタオルを被って、まるでそこだけ見えないバリアーでも張っているように、10万人の人間に囲まれている中で、1人だけの世界に入り込んでいるように。


スタチンスキも4.70から再度エントリーして、4.70、4.75、4.80をクリア。記録上では、4.70を1度飛んだ後にパスを続けているイシンバエワの上を行く。4.80を飛べたのはスタチンスキだけなので、スタチンスキはこの時点で銀以上が確定。
4.80をスタチンスキだけがクリアした後、4.85でイシンバエワがエントリー。この日、2度目のジャンプ。
そして、当然のようにこれも1発でクリア。前のジャンプ程に余裕はなかったけれど。


ここでスタチンスキが勝負に出て、4.85をパス、4.90に挑戦。
これを飛んで、イシンバエワに一気にプレッシャーをかける作戦に出たが、3回ともあえなく失敗。
スタチンスキが4.90の3回目(この日8回目のジャンプ)を失敗した瞬間、4.85を飛んでいたイシンバエワの金メダルが決定。
つまりイシンバエワは、4.70を1回、4.85を1回の計2回飛んだだけで、楽々と金メダルを取ってしまった。


そしてこの金メダルを決めた2回のジャンプは、まるでウォーミングアップだったかのように、「よし、ここからが今日の仕事だ」と言わんばかりのイシンバエワは、まずは自らの持つ五輪記録4.91をクリアする4.95に挑戦。


1回目。おしくも失敗。
2回目。失敗ジャンプ。
最後の3回目。今日はここまでなのか?!あきらめと希望が入り混じった観衆の視線の中、見事に、飛んだ。
五輪新記録。
この時点でかなり夜遅い時間になっており、唯一並行してやっていた400mハードル決勝もアメ公の1,2,3フィニッシュで終了。ここで俺からすると信じられないことなんだけど、既に帰り始めている観客もいたりして、「オイオイ、これから人類初の出来事を目撃できるかもしれないんだぞ!!」
(恐らく、イシンバエワの存在さえも知らないであろう、思い出観戦気分の中国人は大勢いた)


4.95を飛んだ後、一旦のブレイク。とはいっても、棒高跳びの場合、最初は競技人数が多いので他の選手が飛んでいるときは休めるが、上のレベルに行くと競技者が減っていくので休める時間がどんどん少なくなる。そして今や残っているのはイシンバエワ1人。
当然、スタミナも集中力も回数を重ねる毎に消耗していう訳で、そういう意味では2回だけ飛んで金メダルを取るというのは理にかなっているんだけど。



さて、世界記録は5.04。新記録は5.05。バーは4.95から一気に10cm上がる。
残った全観客の視線の先にはイシンバエワ


しかし1回目、2回目と失敗。2回目はちょっと惜しかったが。
「あー、疲れてるかな。厳しい感じ」


3回目。助走路でポールをにぎりながら、自己暗示の独り言を言っているイシンバエワがスクリーンでアップに。
泣いても笑っても最後のジャンプ。
助走開始。「いけええええっ」
「うおおおおおおっ!とんだあああああっ!!!!!」


出ました、本日(いや人類の歴史で)最高のジャンプ!!!


残っていた観衆は2/3程度だったのだけども、それでも5〜6万人か。大盛り上がり。
近くにいたロシア人は狂喜して旗を振る。
マットに落ちたイシンバエワは、おなじみの手の平を広げての歓喜のポーズで絶叫。
「すげーな。最後にキメたぞ。まさか狙ってやった訳じゃないよな」
ウイニングランの後、"NEW WR 5.05"の表示板の前で世界中のカメラマンが集まって記念撮影。


いやまったく、オリンピックというマジカルな空間のせいもあったと思うんだけれども、この日の陸上は堪能いたしました。



帰りは地下鉄を乗り継いで、4号線。雍和宮で下りて、金鼎軒で夜食。
外国人率が異様に高い。オリンピック期間だからなのかしら。
食った後はタクだと思ってたら、地下鉄駅に灯りが見えたので、「まだ走ってんのけ?」と半信半疑で下りてみると、流石に会期中は延長されてて24:30くらいまで走ってる様子。終電の1本前に乗って、灯市口まで戻る。


激動の1日だったわ。
(そして、とりとめのない大作だ)